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English Japanese

With Bartender

Exploring the journeys and the thoughts that shape globally active bartenders behind the bar.

2026.06.03

Kevin Diedrich

「Pacific Cocktail Haven(P.C.H.)」オーナーバーテンダー

独特の風味がある本格焼酎は、いろいろ試してみるのがとても楽しいお酒です

サンフランシスコの人気バー「Pacific Cocktail Haven(P.C.H.)」は2017年にオープン。それ以来、立て続けに「The World’s 50 Best Bars」、Tales of the Cocktail®の「Best American Cocktail Ba」「Best American Bartender」を受賞し、今もなお毎年アワード上位の“常連”です。オーナーバーテンダーのKevin Diedrichさんは、米国で早い時期から本格焼酎を使ったカクテルをメニューに入れて人気を得ていました。

文:鈴木昭 / 写真:三井公一 / 構成:Contentsbrain
取材場所:「Kenji」と「Loa Bar」(どちらもInternational House Hotelの1階221 Camp Street New Orleans, Louisiana 70130, USA)




麹の味覚を刺激する風味(セイボリー)は、他のスピリッツにはない

――本格焼酎と、ジンやウオッカやテキーラなどのスピリッツとの大きな違いの1つが、製造工程で麹を使うところです。麹について詳しいKevinさんは、麹を使う魅力についてどのようにお考えですか。

麹由来の風味や香りは他のスピリッツとは異なる特徴ですね。うまみがとても味覚を刺激するような。それがすごく素敵な組み合わせを生みます。麹の味覚を刺激する風味(セイボリー)は、他のスピリッツにはないものです。その独特の風味があるので、いろいろ試してみるのがとても楽しいお酒です。

――日本人には、甘酒や味噌(みそ)、醤油(しょうゆ)など麹を使った飲料や調味料の独特な香りになじみがありますが、アメリカの人の反応はいかがですか。

カクテルに使ったときの反応はいいと思います。カクテルという彼らに馴染みのあるものを通じて、その中で本格焼酎の麹特有の要素や爽やかさを味わってもらうことで、アメリカのお酒好きの人にとっても魅力的でそそられるものになるのだと思います。



――ちょっと前まで麹菌という微生物について説明すると、気持ち悪いと引いてしまう人が多かったように思います。今はどうでしょう。

今はアメリカでも味噌や醤油、塩こうじなどの調味料に麹菌による発酵が作用していることが、一般の消費者に浸透してきていると思います。さらに、スピリッツのアルコール分は、糖に酵母という微生物が作用して造られるということも知られてきています。本格焼酎の場合、このアルコール発酵の前段階で、麹菌という微生物が作用してでんぷんを糖に作り替えます。そのあたりを順を追って説明すれば、麹菌による発酵についての違和感も払しょくできると思います。



――そうするとバーテンダーさんのお客さんとの情報共有が重要ですね。

そうですね。まずバーテンダーが知識を得る必要があります。バーテンダーがきちんと知ることで、バーテンダーからお客さんにお話をして、お客さんにも知識を広げることができます。




独特なものを見つけると、それについて熟考する


――三和酒類が本格焼酎をアメリカに輸出し始めた初期の頃から、Kevinさんは本格焼酎を評価してくれた数少ないトップバーテンダーだったと聞いています。

実は私の妻が日系ハワイアンであることもあり、東京にもよく行っていたので、それまでにも、いろいろな種類の本格焼酎を飲んだ経験がありました。初めての本格焼酎の印象は、麹の香りによって、少し日本酒を思い起こしました。もちろん日本酒と味は違いますが、とても味わい深かった。日本で飲んだ時にはほとんど炭酸割りやストレートだったので、本格焼酎を使って新しいカクテルを作ることはチャレンジでした。

実際にカクテルを作ってみると、他のスピリッツにはない独特な個性が感じられて、とても気に入りました。私は何か他と異なる独特なものを見つけると、それについて熟考して、その風味(フレーバー)を理解するために、何度も何度も試します。もともと私は馴染みのないものをどう使うか試すことがとても好きなんです。

ただただ楽しくてバーテンダーを志しました


――Kevinさんご自身のことを伺わせてください。バーテンダーを志したきっかけはどんなことでしたか。

すごく長い話になりますが……。いや、簡単にお話しすると、私はもともと、ITやコンピューター関係の仕事を5年ほどしていました。ネットワークの集中管理をする技術者でした。ランプがついた大きなアメリカの地図がある部屋にいて、ランプが緑から赤に変わるとすぐにその州に連絡をして、問題の対処をする仕事です。まだ20、21歳だった頃の話です。



私はワシントンD.C.で育ったのですが、私のルームメイトでもあった親友はDJをやっていて、当時私が付き合っていた彼女はバーテンダーでした。彼らと、それはもう毎晩のようにパーティーをしていました。すごく楽しくて、自分もバーの仕事をして生きたいと思い、エンジニアの仕事を辞めてバーテンダーの学校に行きました。けれども、実際にバーで働いた経験がないことから、仕事がなかなか見つからなかった。その時に彼女の知り合いの紹介もあって、最初のバーの仕事をワシントンD.C.のリッツ・カールトンで得ました。


――そこから、バーテンダーになられたのですね。

はい、それが始めです。まだ僕は22歳くらいの子どもでした。リッツ・カールトンのほかに、週末はナイトクラブでも働きました。ただただ楽しかったからやっていました。しばらくして(リッツの)飲料担当マネージャーからカクテルもつくるようにと言われたのですが、私はカクテルについてまだ深くは知らなかったのです。

そこで、関連する本を読んだりして学んでいきました。すると、自分がカクテルだけではなくそもそもスピリッツのこともあまり知らないということに気づきました。そこで、ワシントンD.C.以外の都市に出かけてはバーやカクテルの研究をするようになり、そうこうするうちにサンフランシスコに移ってスピリッツやバーテンダー業をさらに深く学ぼうと決めました。


――なぜ、サンフランシスコを選んだのですか。

ニューヨークやシカゴなどたくさんの都市を見て回りました。ですが、私は東海岸で育ったので、全然違うところに行ってみたかったんです。それでサンフランシスコのリッツ・カールトンに異動させてもらいました。2007年に、片道切符を買って、バッグ3つ分の自分の持ちものをすべて持って、サンフランシスコに引っ越しました。その後、ワシントンD.C.に戻り、次にニューヨークに移り、またサンフランシスコに戻ってから、独立して自分のお店である「Pacific Cocktail Haven(P.C.H.)」の開店に至りました。





見返りを求めずに人々をもてなすことは、特別なアートを築くことだと思う


「The World’s 50 Best Bars」、Tales of the Cocktail®の「Best American Cocktail Bar」「Best American Bartender」の常連である「Pacific Cocktail Haven(P.C.H.)」。独創性の高いカクテルが人気を呼んでいます。オーナーバーテンダーのKevin Diedrichさんに、新型コロナウイルスによるパンデミックがバー業界に与えた影響、バーの未来について伺いました。

文:鈴木昭 / 写真:三井公一 / 構成:Contentsbrain
取材場所:「Kenji」と「Loa Bar」(どちらも International House Hotel の1階 221 Camp Street New Orleans, Louisiana 70130, USA)




深夜から明け方まで自分の手で内装工事。夕方開店


――サンフランシスコに「Pacific Cocktail Haven(P.C.H.)」をオープンしたのは2017年ですね。

実は2017年に開いた最初の店舗は2021年に火災で焼失してしまったのですが(今の店舗をオープンしたのは2022年)、消失前の店舗を購入したのは2015年12月のことでした。すごく古い建物で、状態も悪かったため、購入した当初は内装をどうしようか決めかねていました。そこで、決めるまでの間は仮営業ということで店を開けていました。

本当にボロボロだったので、夕方5時から夜12時まで営業。閉店した後、明朝7時、8時まで自分自身で壁を剝がしたり改装したりして、その後でバーを片付けて、仕込みをして、また夕方5時に開店していました。半年間ぐらいそんな生活をしていました。そうして1年ほどかけて改装を終えたのが2017年でした。



――ご自分で内装工事をやられたんですね。

まあ、壊したり剥がしたりは簡単ですから。ある日は壁を壊す。その次の日は別の部分の工事をする。ただ、私が工事をしている期間中もお店を営業していたので、お客さんも来てくださり、何が無くなったとか、どこが変わったとか見るのを楽しんでいましたね。バーが変わっていく様子を見たくて飲みに来ている人もいました(笑)。他にもいろいろ自分でやりましたが、新しく建てる部分は工事業者を入れました。私が作った壁では崩れてきてしまうので(笑)。


――オープンしたお店は、「The World’s 50 Best Bars」に選出され、2020年にはTales of the Cocktail®で「Best American Cocktail Bar」にも選ばれました。新店舗でも2023年、2024年に続けて「North America's 50 Best Bars」に選出されました。こうした快挙は狙い通りでしたか。

いえ。驚きました。考えてもいなかったことなので。私はこの業界が好きで、ホスピタリティーが好きだからやっています。コミュニティーの一部になってこの場所で人のお世話をしたかったから。バーテンダーをして、人をもてなしたかったんです。 妻が教えてくれた、私のお気に入りの格言のひとつに、「一生懸命働いて、人に親切にしていれば、それでどうにかなる」というものがあります。それがすべてです。私は人から称賛されるためではなく、働くために、ここにいます。自分の仕事をしているだけです。私のしたことにいい結果がついてきたのなら、私の周りに素晴らしい人たちがたくさんいたおかげです。決して自分ひとりで成し遂げたことではありません。私は沢山の素敵な先輩や、助けてくれる人たちに恵まれてここまでやってこれたんです。



パンデミック期間にバー業界は多くのベテラン人材を失ってしまった


――コロナ禍はバー業界にどんな影響を与えましたか。

コロナ禍の前と後での変化ですよね。沢山あります。パンデミック前と後では、世代が再定義されていると思います。この期間に私たちは多くのバーテンダーを失いました。特にベテランのバーテンダーたちを。そのため、ベテランの人たちによる指針やメンターシップ、今バーテンダーをしている若い人たちにとってのメンターとなる人が欠けてしまったと思います。

私がバーテンダーになったばかりの頃は、ベテランのバーテンダーがいつも私と一緒にバーのカウンターの中にいて、私は彼らから多くのことを学ぶことができました。そうしたバーテンダーたちがパンデミックの間に廃業したり、転職やリタイアをしたり、この国を去ったりしました。

それにより、古い世代と新しい世代の間に大きな穴が開いてしまいました。メンターシップが欠けてしまい、若いバーテンダーたちにとって必要な知識も欠けています。未来に向けた規範が必要な時に、成功の気配がありません。私たちの世代において、プロフェッショナルとしての大きな溝が生まれてしまいました。


――バービジネスはこれからどのような方向に進むとお考えですか。

未来についてですね。今からやるべきことがたくさんあるのは分かっています。1つの大きな変化は、ソーシャルメディアの存在ですよね。また、学ぶことへのアクセシビリティーが変わったこと、レシピを習ったり、テクニックを習ったり、新しい炭酸の使い方を習うのも全てオンラインでできます。

私が若かった頃は、誰かそのやり方を知っている人がいたら、その人物をまず見つけて、その人の電話番号やメールアドレスをどうにかして調べて、連絡をとってお願いするといった手順が必要でした。でも今は、私が「ベースメント・バーテンダー」とか「インスタグラム・バーテンダー」と呼んでいる人たちがたくさんいます。

彼らをバーテンダーと呼ぶのには少し抵抗があります。彼らは確かにカクテルは作っているけれど、バーテンディングをしているわけではないので。ですが、ソーシャルメディアは人々に、カクテルやお酒に関することを学ぶためのリソースを提供はしていると思います



学校に通わなくても、特定の人を知らなくても、スマートフォンでYouTubeやInstagramを開けば、カクテルの技術や、何かお酒に関する新しいことを学んだり、リサーチすることができます。本格焼酎や日本酒、スピリッツについて学びたければ、すべては手のひらの中のネット上にある。それが未来で、私たちもそれに合わせていかなければならないんでしょうね。

ただね、前にも話しましたが、私がこの仕事を始めたのは、この業界が好きで、ホスピタリティーが好きだから。コミュニティーの一部になってこの場所や人のお世話をしたかったから。バーテンダーをして、人をもてなしたかったからです。ドリンク(お酒)ではなく、接客する人が大事なのだと考えています。

見返りを求めずに見ず知らずの人々をもてなすことは、特別なアートを築くことだと考えています。日本には「おもてなし」という見返りを求めずに行う素晴らしい術がありますよね。私がしたいのはそれです。「おもてなし」の心で、バーをやっているだけなので、その先に未来があるのかもしれない。


Kevin Diedrich
「Pacific Cocktail Haven(P.C.H.)」オーナーバーテンダー
米国バージニア州生まれ。ITエンジニアを経て、2001年にワシントンD.C.のリッツ・カールトンでバーテンダーとしてキャリアをスタートさせ、2005年に同ホテルグループのサンフランシスコ支店に勤務。「クロックバー」、「CASK」、「Bourbon & Branch」などのバーバックで約2年半技術を磨く。2009年、ニューヨークに移り、「PDT」や「Clover Club」といったクラシカルなスタイルと革新を融合した有名バーで働いた。<>br2017年に共同創業者と共に「Pacific Cocktail Haven(P.C.H.)」をオープン。2018、2019年に「The World’s 50 Best Bars」に選出され、2020年にTales of the Cocktail®で「Best American Cocktail Bar」と「Best American Bartender」を受賞。2021年、火災で店舗閉鎖後、2022年に現在の新店舗をオープンし、再び多くのファンを魅了している。最近では2023年、2024年に続けて「North America's 50 Best Bars」に選出された。